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東京地方裁判所 平成7年(刑わ)2058号 判決

主文

被告人Aを懲役一年六月に、被告人Bを懲役一年六月に、被告人Cを懲役二年六月に、被告人Dを懲役二年にそれぞれ処する。

被告人Aに対し、未決勾留日数のうち一〇〇日をその刑に算入する。

この裁判の確定した日から、被告人Bに対し三年間、被告人Cに対し五年間、被告人Dに対し四年間、それぞれの刑の執行を猶予する。

被告人Bを右猶予の期間中保護観察に付する。

訴訟費用は被告人四名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは暴力団甲野組乙山会丙川興業丁原興業(以下「丁原興業」という。)幹部、被告人Bは丁原興業組員、被告人Cは丁原興業若頭、被告人Dは丁原興業組員であるが、被告人Aは、平成七年九月一八日午前一時過ぎころ、東京都台東区《番地略》戊田八〇一号室丁原興業事務所において、個室付浴場業「乙野クラブ」営業部長E(当時四二歳)に対し、被告人CがEに紹介したいわゆるソープランド嬢の客付きが悪いなどと苦情を述べたところ、Eが客の入りがよくないのであまり客を付けることができないなどと反論したことに立腹し、Eの顔面を手拳で数回殴打するや、被告人Bも被告人Aに加勢しようと考え、ここに被告人Aと被告人Bは暗黙のうちに意思を相通じ、被告人Aにおいて、Eの顔面を更に手拳で多数回殴打し、その脇腹、背部等を多数回足蹴にするなどの暴行を、被告人BにおいてEの腹部付近を多数回足蹴にするなどの暴行をそれぞれ加え、その後、被告人Cは、被告人Aからの電話連絡を受けて被告人Dと共に同所に到着したが、Eが被告人A及び被告人Bの暴行により畏怖状態に陥っているのを十分認識した上、この状態を利用して、Eが暴れたために事務所が汚れたなどと因縁を付けてEから金員を喝取しようと企て、Eに対し、「どうするんだ。この部屋を弁償しろ。いくらできるんだ。」などと語気鋭く言って金員の交付を要求するや、被告人A、被告人B及び被告人Dも被告人Cの意図を察し、ここに被告人四名は暗黙のうちに意思を相通じ、被告人CにおいてEの頭部、背部、腕などをハンガーで多数回殴打するなどの暴行を、被告人DにおいてEの脇腹付近を足蹴にするなどの暴行をそれぞれ加え、もし右要求に応じなければEの生命、身体等に更にいかなる危害を加えるかもしれない気勢を示してEをその旨畏怖させ、よって、Eをしてその内妻Fに現金二〇万円を同区《番地略》個室付公衆浴場「甲田」前路上に届けるよう連絡させ、同日午前三時四〇分ころ、右路上で、被告人DにおいてF子から現金二〇万円の交付を受け、さらに、同日午前七時過ぎころ、同区《番地略》個室付公衆浴場「乙野クラブ」事務室で、被告人AにおいてEから現金七〇万円の交付を受けて現金合計九〇万円を喝取し、その際、右一連の暴行により、Eに対し、加療約四週間を要する頭部外傷、顔面挫傷、左眼球打撲等の傷害を負わせた。

(証拠の標目)《略》

(補足説明)

弁護人は、中途から犯行に加功した被告人C及び被告人Dは傷害罪の罪責を負わない旨主張するので、補足的に説明する。

本件恐喝と傷害は、被害者が同一であって、時間的、場所的に共通あるいは近接している上、恐喝の犯意形成前の暴行が実質的にみて恐喝の手段となっている関係が認められるから、両者の混合した包括一罪と認めるべきである。そして、関係各証拠によれば、被告人C及び被告人Dは、先行者である被告人A及び被告人Bが既に行った暴行によって生じたEの畏怖状態を認識、認容した上、これを恐喝遂行の手段として積極的に利用する意思の下に、犯行に加担したものと認められる。このような本件事実関係の下においては、被告人C及び被告人Dは、本件犯行全体について共同正犯としての罪責を負うというべきである。

弁護人の主張は採用しない。

(累犯前科)

被告人Aは、

(一)  平成三年五月二一日東京地方裁判所で道路交通法違反の罪により懲役三月(三年間執行猶予、平成五年六月一一日右猶予取消し)に処せられ、平成六年五月九日右刑の執行を受け終わり、

(二)  平成五年五月一一日東京地方裁判所で覚せい剤取締法違反の罪により懲役一〇月に処せられ、平成六年二月九日右刑の執行を受け終わったものであって

右各事実は検察事務官作成の平成七年一二月五日付け前科調書によってこれを認める。

(法令の適用)

一  被告人Aについて

罰条

恐喝 刑法六〇条、二四九条一項

傷害 同法六〇条、二〇四条

包括一罪 同法一〇条(恐喝と傷害は両者の混合した包括一罪と認めるべきものであるから、一罪として犯情の重い恐喝罪で処断)

再犯加重 同法五六条一項、五七条

未決勾留日数の算入 同法二一条

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

二  被告人Bについて

罰条

恐喝 刑法六〇条、二四九条一項

傷害 同法六〇条、二〇四条

包括一罪 同法一〇条(恐喝と傷害は両者の混合した包括一罪と認めるべきものであるから、一罪として犯情の重い恐喝罪の刑で処断)

刑の執行猶予 同法二五条一項

保護観察 同法二五条の二第一項前段

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

三  被告人C及び被告人Dについて

罰条

恐喝 刑法六〇条、二四九条一項

傷害 同法六〇条、二〇四条

包括一罪 同法一〇条(恐喝と傷害は両者の混合した包括一罪と認めるべきものであるから、一罪として犯情の重い恐喝罪の刑で処断)

刑の執行猶予 同法二五条一項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(量刑の理由)

一  本件は、暴力団組員四名による恐喝及び傷害という事案である。

被告人らは、暴力団事務所内において、被害者に対し、暴力団の威力を背景として、長時間にわたり強度の暴行、脅迫を加えているばかりか、被害者を全裸にして一層の恐怖感や屈辱感を与えるなどしているのであって、本件は悪質かつ卑劣な犯行である。被害者には被告人らから金員の支払を要求されるなんらのいわれもなく、被告人らの金員の支払要求が全くの言い掛かりであることをも併せ考えると、その犯情は甚だ芳しくない。

被害者は加療約四週間を要する判示の傷害を負っている上、被害金額は九〇万円と多額であって、犯行の結果は重い。

二  各被告人の個別的情状について

1  被告人Aについて

被告人Aは、丁原興業幹部という被告人らの中では暴力団組織において被告人Cに次ぐ地位にあった上、被害者に最初の暴行を加えて本件のきっかけを作り、その後も、被害者に強度の暴行を加え、被害者から現金七〇万円の交付を受けるなど実行行為の枢要な部分を分担しているのであって、本件の準主犯格と認められる。また、被告人Aは、前記の累犯前科を有しているばかりか、本件と同種の傷害罪により罰金刑に処せられてからわずか一か月ほどで本件犯行に及んでいるのであって、その遵法精神の欠如には著しいものがある。さらに、被告人Aは、本件犯行当時、暴力団幹部として活動し、正業に就いておらず、その生活状況が不良であった。そうすると、被告人Aの刑事責任は重いというべきである。

他方、後記のとおり、被告人Cと被害者との間で示談が成立したこともあって、被害者が被告人Aに対する寛大な処分を希望する旨の嘆願書を提出していること、被告人Aは犯行を認めて反省していることなどの被告人Aのために酌むべき事情も認められる。

そこで、以上の諸事情を総合考慮すると、被告人Aを主文の刑に処するのが相当である。

2  被告人Bについて

被告人Bは、被害者に強度の暴行を加えるなど実行行為の重要な部分を分担している。また、被告人Bは、本件犯行当時、暴力団組員として活動し、正業に就いておらず、その生活状況が不良であった。そうすると、被告人Bの刑事責任を軽視することは許されないというべきである。

しかしながら、他方、被告人Bの本件犯行において果たした役割が従属的なものであったこと、後記のとおり、被告人Cと被害者との間で示談が成立したこともあって、被害者が被告人Bに対する寛大な処分を希望する旨の嘆願書を提出していること、被告人Bにはこれまで軽犯罪法違反の罪により科料に処せられた前科二犯以外に前科がないこと、被告人Bは、いまだ二三歳と若年である上、素直に罪を認めて反省し、今後は暴力団組織と縁を切り、正業に就いてまじめに働く旨誓っていることなどの被告人Bのために酌むべき事情も認められる。

そこで、以上の諸事情を総合考慮すると、被告人Bに対しては、今回に限りその刑の執行を猶予して社会内で自力更生する機会を与えるのが相当である。なお、本件の罪質、被告人Bの年齢、性行及びこれまでの生活状況などにかんがみ、被告人Bの更生をより確実なものにするため、猶予の期間中、被告人Bを保護観察機関の指導、援護の下に置くこととした。

3  被告人Cについて

被告人Cは、中途から本件犯行に加担したものではあるものの、丁原興業若頭という被告人らの中では暴力団組織において一番上位の地位にあった上、被害者に対し、金員の交付を要求して強度の暴行を加えるなど本件犯行の遂行において主導的役割を果たしているのであって、本件の主犯と認められる。また、被告人Cは、本件犯行当時、暴力団若頭として活動し、正業に就いておらず、その生活状況が不良であった。そうすると、被告人Cの刑事責任は重く、本件は被告人Cを実刑に処すべき事案ともいえる。

しかしながら、他方、被告人Cと被害者との間で示談が成立し、被害者に対して示談金九〇万円が支払われたほか、被告人Cが被害者に傷害を負わせたことの慰謝料等として被害者のために約五万円を供託したこと、被害者が被告人Cを宥恕し、寛大な処分を希望する旨の嘆願書を提出していること、被告人Cには、覚せい剤取締法違反の罪により執行猶予付き懲役刑に処せられた前科一犯があるものの、右執行猶予期間の満了から既に三年近くが経過している上、本件と同種の前科がないこと、被告人Cは、犯行を認めて反省し、暴力団組織を脱退したほか、今度は正業に就いて更生する旨誓っていること、被告人Cの内妻が、情状証人として出廷し、今後の被告人Cの更生に助力する旨誓っていること、被告人Cの健康状態が芳しくないことなどの被告人Cのために酌むべき事情も認められる。

そこで、以上の諸事情を総合考慮すると、被告人Cに対しては、今回に限りその刑の執行を猶予して社会内で自力更生する最後の機会を与えるのが相当である。

4  被告人Dについて

被告人Dは、中途から本件犯行に加担したものではあるものの、被害者に暴行を加え、被害者の内妻から現金二〇万円の交付を受けるなど実行行為の重要な部分を分担している。また、被告人Dは、本件犯行当時、暴力団組員として活動し、正業に就いておらず、その生活状況が不良であった。そうすると、被告人Dの刑事責任を軽視することは許されないというべきである。

しかしながら、他方、被告人Dの本件犯行において果たした役割が従属的なものであったこと、前記のとおり、被告人Cと被害者との間で示談が成立したこともあって、被害者が被告人Dに対する寛大な処分を希望する旨の嘆願書を提出していること、被告人Dにはこれまで業務上過失傷害罪による罰金刑前科一犯以外に前科がないこと、被告人Dは犯行を認めて反省していることなどの被告人Dのために酌むべき事情も認められる。

そこで、以上の諸事情を総合考慮すると、被告人Dに対しては、今回に限りその刑の執行を猶予して社会内で自力更生する機会を与えるのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 被告人Aに対して懲役二年六月、被告人Bに対して懲役一年六月、被告人Cに対して懲役二年六月、被告人Dに対して懲役二年)

(裁判官 田村 真)

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